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『水瀬』

短すぎる過去

『えっとな……その……』

あどけない表情をまだ覚えている

『俺と……』

だけど、わたしはそれを拒んだ

『付き合ってくれないか』

嫌いじゃなかったのに……













 晴れ渡る空。それはとても綺麗で、まるで二人を祝福しているよう。
「こらっ、あゆ!」
「うぐぅ!」
 じゃれ合うように楽しそうな祐一とあゆちゃんの会話が、わたしの耳に入ってくる。
 あゆちゃんは、七年も前に一度木から落ちた事故があった。その事故のせいで、ずっと病院のベットの中で眠っていたらしい。
 でも、奇跡なのか、あゆちゃんはそれなのに外に出歩いていた。ちゃんと成長した姿で、祐一の前に……。
 それは想いだと、わたしは思う。あゆちゃんがずっとずっと想っていた祐一への想い。その想いが募り、祐一に出会えたんだ。
 祐一はこの雪国での記憶を失っていた。それは、あゆちゃんの事故が原因。そのため、祐一はあゆちゃんのことを忘れていた。
 でも、祐一は思い出した。あゆちゃんのこと、そして、七年前の事故を。
 祐一はあゆちゃんを救った。
 想いで創られたあゆちゃんを、元に戻したのだ。
 七年間も眠りから覚めなかった病人が……その日、奇跡が舞い降りたのだ。
 そして、あゆちゃんは祐一の元に帰って来た。祐一は微笑んで、あゆちゃんを迎えた。
 二人は恋人同士になり、楽しい日々を送っている。
 あゆちゃんは、あゆちゃんのお願いもありお母さんが引き取る形になって、今私達と一緒にこの家で過ごしている。
 だから祐一とあゆちゃん、二人は毎日を楽しく過ごしている。
 わたしは、それを複雑そうに見るだけ。
 祐一とあゆちゃんが恋人同士になったことは、わたしはとても嬉しく思う……だと思ってる。祐一もあゆちゃんも、わたしは好きだから。
 でも……。
 ……祐一
 祐一の隣にいるあゆちゃんが、とても羨ましく思った。
 あゆちゃんに笑っている祐一に、何か苛立ちが込み上がってくる。
 一つは羨望。
 一つは嫉妬。
 わたしはあゆちゃんに羨望している。それは祐一の隣にいるから。
 わたしはあゆちゃんに嫉妬している。祐一のその微笑みを受けているから。
 ……悪い子だよね、私
 そんな気持ちが込み上げる私自身に、凄く嫌になる。
 仲の良い恋人同士。わたしが入る余地などない。それなのに……。
 わたしは二人に嫉妬している……。












 雲間から流れ出る春の陽射しが柔らかく暖かさを与えてくれる。
 今日は、一人だけで外にお出かけする。
 もう春休みに突入した学生には、豊かな時間の流れが感じられる。だけど、陸上部に所属しているわたしにとっては、部活動の休みになるととても暇になってくる。家に居ても何もやることなく、テレビを見て過ごすことが多い。
 でも、家には祐一とあゆちゃんの二人がいる。二人を祝福したい気持ちもあれば、それを見て苛立ちが込み上がってくる気持ちもある。
 だから、家には居たくなかった。
「はぁ」
 溜息を零す。
 何時からわたしはこんな気持ちを持つようになったのだろうか。祐一やあゆちゃんが知ったら、きっと嫌悪な眼差しを向けるに違いない。お母さんも、こんな気持ちを知ったらどう思うだろうか。考えただけでも怖い。
 暗い気持ちのまま、商店街へと入っていく。
 隣に誰もいずに、商店街に入っていくのが寂しく思った。少し前までは、よく祐一と一緒に入っていたのを思い出すと……。
 商店街は春休みに入ったということもあり、人で溢れていた。この様子だと、駅前もきっと人が多いのだと思う。
 ふと、視線があるものに止まった。
 それは恋人同士なのか、わたしと同じ歳くらいの男の人と女の人が仲良く手を繋いでいるところ。楽しそうな笑顔を振り撒けている二人を見ると、祐一とあゆちゃんの姿をダブらせてしまう。
 嫌な子だね……わたしって。
 どんどんどんどん、心に闇が覆われている感じがする。
 もう一度溜息を吐き、あてもなく歩いていく。
 わたしは何をしているのだろうか、と自問してみるのだけど、その答えが返ってくることはない。
 人の波が流れていくまま、わたしは呆然と歩いている。それが災いして、
 どんっ!
 人の波の一部に接触してしまう。
「ご、ごめんなさい」
 ぶつかったことがわたしに非があるため、直ぐに頭を下げて謝る。
「ああ、こっちもごめん。って……!」
 やんわりと答えてくる声だったけど、後になって何だか驚いた様子な声音を出す。それを不思議に思い、そっと顔を上げてみると、そこには一人の男の人の顔が映し出された。
 ぼっちゃん頭のように垂れている髪、柔和な顔つきで中肉中背なのに幼い顔立ちのように見える。優男のような雰囲気を出しているその男の人に、わたしは見覚えがあった。
「せ、先輩……?」
「み、水瀬……水瀬なの?」
 ぶつかった人が、偶然にも先輩であることに驚いてしまう。
 雲野一輝先輩。わたしと同じ高校に在籍していた二つ歳上の先輩だ。わたしが一年生だった頃に、三年生で陸上部の部長をしていた人。高校を卒業すると、最寄の大学に進学したことは知っていたけど、今まであの日から会うことはなかった。あの先輩の卒業の日から……。
「……元気にしてるんだな」
 微笑みを漏らす先輩。
「えっ、あの……お、お久しぶりです!」
 突然の先輩の再開に緊張をして、言葉が固くなってしまう。
「はは、そんなに緊張しなくていいよ」
「で、でも……」
 先輩の言葉を聞いても、緊張がほぐれないでいる。
 普通の先輩なら、こんなに緊張をしないんだけど、雲野先輩は……あの日に……。
「……一年前の事気にしてるって感じだな」
「え、あ……その……」
 心の中を見透かしたかのような言葉に、びくっ、と身体が強張る。
「水瀬、もしかして、俺が怒ってるって思ってるのか? 大丈夫大丈夫、怒ってないって。ちゃんと水瀬には好きな人がいるんだろ。だったら、怒れるわけないじゃんか」
 ずきっ!
 その言葉が胸に突き刺さる。
 先輩はきっと、わたしを祝福するように言ってくれているのだと思う。だけど、今のわたしにとってそれは苦痛の言葉でしかなかった。
 だって……わたしの好きな人は……。

 わたしとは違う子に微笑みを上げているから……

「…………」
「水瀬……?」
「…………」
 何も言えない。
 何も……言いたくない。
 思い出しただけでも心が痛くなる。
 泣きたくなる衝動が大きくなって、抑え切れなくなる。
 ふと、暖かい何かが頭を撫でるような感覚が訪れる。俯いてた視線を上げると、先輩が苦笑をしながらわたしの頭に手を置いてくれているのがわかった。
「良かったら、少しだけ話しをしないか? 百花屋に行って。勿論、俺の奢りだ」
「…………」
 暖かい笑みを浮べる先輩のその誘いを断ることはできず、力なく首を縦に降ろすしかできなかった。
 だけどそれは……先輩だったからの行為なのかも知れない。
 だって先輩は……。

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