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雪の街に、五つの奇跡が舞い降りた 八人の少女と一人の女性が救われた 常にその中心にいた少年は喜んだ これからは皆一緒に居られるのだ 少年の親友も喜んだ これからは翳のない親友達を見られるのだ 救われた少女達も喜んだ これからは愛する少年と共に在れるのだ しかし 奇跡とは得てして弊害を齎した 少女達の少年に対する集り あろう事か支えとなってくれた少年にそれ以上を求めたのだ 少年に出来ない事は何も無いと錯覚を起こしたのだ 想いを寄せる少女としてそれは当たり前かもしれない しかしその方法がいけなかった 少年は憤りを感じつつも我慢した 救う事が出来たとはいえ彼女達には辛い思いをさせたから そしてそれは自らが原因だと感じていたから 少年は罪を償う意識で少女達に従った 少女達の行動はエスカレートしていく それが 最悪の事態に繋がる事も知らないで
『祐一! イチゴサンデー奢ってくれないなら、祐一のご飯は全部紅しょうがだよ!』 『名雪さんが奢ってもらうなら、ボクも! たいやき奢ってねっ』 『あ〜! 名雪とあゆだけずるいわよぅ! 真琴も肉まんっ!』 『私はバニラアイスです♪ あ、ちゃんと、ハーゲンダッツですよ?』 『…牛丼……』
 奇跡のような日々が終わるまでは、他の三人も、止めようとしてくれたのに……。
『相沢さん…人となり得た真琴に、温もりを与えてあげて下さい…』 『相沢君? 栞を悲しませたら、ただじゃおかないわよ?』 『あははーっ。わたしは舞の幸せな顔さえ見れれば満足です。だから、わたしの分はいいですよ、祐一さん』
 下手に奇跡みたいな事が起こったから、こいつらも過保護になった。  肉まんを買い与え続けるのが、お前の言う温もりなのか、天野?  バニラアイスを買わないだけで、俺は殴られるほどの重罪人なのか、香里?  舞が幸せなら、俺はどうなってもいいのか、佐祐理さん?  辛かったけど、本当に今も辛いけど、罪滅ぼしとして、俺は……。
『最近、顔色が優れませんよ。大丈夫ですか…祐一さん?』
 そう…秋子さんだけが、俺を庇ってくれた。  俺を心配してくれた。  甥の俺を、叔母である秋子さんだけが。  でも、秋子さんにだけは迷惑をかけられなかった。  だから俺は………。
『ちょっと寝不足なだけです。体調が悪いわけじゃありませんから、大丈夫ですよ、秋子さん』
 嘘を吐いた。  俺が秋子さんを安心させる事が出来る、精一杯の嘘を。  心を込めてしまった嘘は、秋子さんでも見抜けなかった。  それで、いい…俺はそれを、望んでいたんだ………。
ホントウに?
「祐一っ。放課後だよっ」 「…そうみたいだな」  嬉々として報告してくる名雪に、祐一は淡白に返した。  その理由としては、これから起こる出来事に対する疲れだろう。  祐一の後ろの席、祐一の親友である潤には、それが理解出来ていた。  恒例と化している光景が毎日繰り返されては、理解出来ようものである。  因みに、クラスの全員も理解出来ている。  理解出来ていないのは、妙なほどに盲目な、八人の少女達だけであった。 「う〜。何でそんなに淡白なの? 百花屋でイチゴサンデー奢って♪」 「あのなぁ、名雪? 俺だって、無限に金を持ってるわけじゃないんだぜ?」 「そんな事知ってるよ。でも、今はあるんでしょ?」  そんな名雪の発言に、クラスに残っていた生徒達は顔を引き攣らせた。  潤に至っては、机の上に片肘を付き、掌で額を覆っていた。  そんなクラスメートの変化に気付かないのは、名雪ともう一人…香里だけである。 「名雪に奢るなら、栞にも奢ってあげてね。あの子拗ねるから」 「ちょっと待てって、香里。俺にだって買いたいもんはあるんだぜ? 毎日のように奢ってたんじゃ、俺の金が無くなるじゃないか」 「あら。そんな事言っときながら、秋子さんからお小遣とか、親から仕送り貰ってるんでしょ?」 「貰ってねぇよ。親から最低限の金を振り込んでもらっただけだ」 「嘘吐き」  何とも理不尽な言葉だった。  事実、祐一は最初に両親に振り込んでもらって以来、一度も収入を得た事はない。  親からの仕送りは元々その一回だと決めてあったし、世話になる秋子に小遣など貰える筈がない。  秋子からあげると言われても、祐一は絶対に受け取らない。  バイトでもしようか、と考えた事がないわけではない。  しかし、なれば秋子に理由を訊かれる事は必至。  お宅の娘さんに貢ぐ為の金稼ぎです、と言える筈はなく、誤魔化す事になるだろう。  勘の良い秋子の事だ。すぐに真実が発覚し、秋子は責任を背負う事になるだろう。  それは、祐一の望む所ではない。 「祐一さん♪」 「祐一君っ♪」 「祐一〜っ♪」 「相沢さん…」 「…祐一……」 「あははーっ」  次なる人物達の登場である。  祐一は彼女達の姿を見ると、眉を顰めた。  しかし、彼女達は気付かない。 「祐一さん。ハーゲンダッツのバニラアイス、奢って下さい♪」 「祐一君、名雪さんに奢るんでしょ? ボクはたいやき奢ってね♪」 「肉まん〜♪」 「今日もお世話になりますね、相沢さん」 「…牛丼……♪」 「佐祐理はいいですから、舞に奢ってあげて下さい♪」  この発言に、生徒達は嫌そうな顔で彼女達を見る。  潤もまた、然りだった。  しかし、そんな視線が彼女達に届く筈はない。  八人の少女達は、祐一が自分達の願いを叶えてくれると、何故か確信しているのだ。  毎回の如くの発言達に、これも毎回の如く潤が口を挟もうとする、が、それは、祐一が潤の腕を掴む事で遮られた。 「なぁ………」 「「「「「「「「何(ですか)? 祐一(相沢(君・さん))」」」」」」」」 「いい加減にしてくれないか?」  その言葉に、一瞬時が止まった。  だが、それも少女達によって再起動する。 「どう意味でしょう、相沢さん?」 「どういうって……そのままだろ? もう、奢る金なんて無いんだよ」 「あぅ〜っ! 嘘言わないでよ。祐一なんだから、お金持ってるでしょっ」  勝手な言い分である。  何故祐一だから金を持っているのか。  理解に苦しむ所である。 「ふぇ……嘘はいけませんよ〜、祐一さん」 「…嘘はいけない」 「そういう事言う人、嫌いです」 「そうだよ。嘘吐いたら針千本なんだよ?」  こちらの四名も、嘘だと決めてかかっている。  なんと自分勝手な事だろう。 「そんな見え透いた嘘であたし達を欺こうなんて、百年早いわ」 「そういう事言う祐一には、晩ご飯はオレンジ色のジャムフルコースだよっ」  香里は握り拳をちらつかせているし、名雪は定例の文句を言う。  明らかにそれは脅しであり、これはカツアゲである。  そのくらい、彼女達八人は、分からないのだろうか……分からないのだろう。  教室に残っている生徒達は、既に憐れみも呆れも通り越して、怒りを感じていた。  この数ヶ月、何度この光景を目にした事だろうか…。  バンッ!! 「俺はいい加減にしてくれって言ってるんだ! 聞こえなかったのか!?」  遂に祐一は机を叩いて立ち上がり、そう叫んだ。  教室にいる面々は、全員が呆気に取られる。  そして、最も復活が早かったのは、八人の少女達だった。 「なんて事言うんだよ、祐一君!」 「お前こそ何て事言ってたんだ、あゆ! 毎日毎日鯛焼き奢れ鯛焼き奢れ! いい加減にしろよ!?」 「言い過ぎだよ! 祐一、あゆちゃんに謝って!」 「何を謝る必要がある! 大体名雪もだ! 事ある毎に奢れと言って、その度に脅しやがって!」 「ちょっと、相沢君。そんな事言って、ただで済むと思ってるわけ?」 「お前もな! それが脅しって言うんだよ! 何で俺が栞にアイス買ってやらないだけで殴られるんだよ!」 「それは、祐一さんが奢ってくれないからに決まってます」 「ああ、ああ、何を聞いてるんだ、栞! 俺には金が無いって言ってるだろ!」 「嘘を吐く祐一は…斬る」 「何でそうなる! 何で嘘なんだ! 何処が嘘なんだ!」 「祐一さんにお金が無いって言う事が嘘なんですよ〜」 「何で決め付ける事が出来る! あんた、確認した事があるのか、俺の通帳を!?」 「では、その証拠を見せて下さいよ、相沢さん」 「ああ、見せてやるさ! 今日は元々そのつもりで学校に来たんだからな!」  激昂したまま、祐一は美汐に自分の通帳を投げ付ける。  美汐は床に落ちたそれを拾い上げ、中身を見た。 「ついでに財布も見てみろよ! これでも嘘って言うのかよ!?」  そして、財布を佐祐理に投げ付ける。  佐祐理もまた床に落ちてしまったそれを拾い上げ、中身を開いた。 「……通帳の残金は、ゼロです。偽造の形跡も見当たりませんね…」 「ふぇ〜…お財布の中身は、37円です。これでは十円チョコ三つがいい所ですね…」 「そうだよ。37円が俺の全財産だよ! 他は何処に消えた? 七十万以上あった金は、何処に消えた! お前らが俺に奢らせる食い物だよ!」 「お金が無いなら、最初から言えばいいじゃない!」  そんな真琴の台詞。  今までの会話を全て忘れてしまっているかのような台詞。  しかも、他の七人も、その通りだ、という顔をしている。  クラスメートは、揃って頭を抱えた。 「─────っざけんじゃねぇ!! この醜女ブス共がっっ!!!」  その祐一の怒声は、教室内に留まらず、このクラスのある階、上の階、下の階、そして、窓が開いている為に、外にまで聞こえていた。  祐一の事は校内でもっとも有名であり、祐一の声を知らない者は、恐らくいないだろう。  一瞬、学校全てがしんと静まり返ったような気がした。 「……ちょっと相沢君…? それって、あたし達の事かしら…?」  怒気ならぬ殺気まで滲ませている香里に怯える事など無く、祐一は真っ向から香里を睨んだ。 「ああ、そうさ。見た目は可愛い顔してぶりっ子しやがって。だがな! お前らの中身はとんでもなく醜いんだよ!」 「何を言い出すんだよ! 祐一! イチゴサンデー五個でも許さないよ!?」  何も解っていない。  皆、諦めにも似た雰囲気を纏い出した。  それは潤もであり、そして、祐一もであった。 「……そうかよ………お前らの考えは、よ〜く解ったよ…」  そんな言葉に、少女達はやっと解ってくれたか、という顔をした。  しかし、そんな表情も、すぐに崩れる事になる。 「俺は、この街を出る」 「………え?」  それは、誰が洩らした呟きか。  祐一の発言には、少女達のみならず、クラス中が混乱した。 「本当なら、卒業まで此処にいようと思っていた。元々そういう約束で両親と離れたんだしな」 「…じゃあ、何故…?」 「………まだ気付けないとはな。憐れんでやるよ、舞」  今まで見た事も聞いた事もない、祐一の冷たい目と冷たい声。  少女達は固まった。  こんな、軽蔑するような、見下すような、こんな眼は、これは、これは───誰だ? 「この事は、前から石橋に相談してたんだ。他には内緒にしといて貰ってな。それで、実は転校手続きも出来てる。  後は両親の代わりに、今の保護者である秋子さんの捺印を貰うだけだ。元々、向こうの学校はいつでも戻って来いって言ってくれてるからな」 「……では、元の町に戻るおつもりですか?」 「ああ。向こうの奴は善い奴等ばっかだぜ? ちょっと体調が悪いだけでもすぐ気付いてくれてね、気にかけてくれるんだ。  奴等は常識的な連中だぜ? 自分が注文した分は自分で金を払うんだ。奢らせたりなんかしない。  あいつらは温かい人達だぜ? 七年前も、あいつらがいたからこそ、俺は暗闇の底から抜け出したんだ」 「そんなの、わたし達だって…」 「俺の体調が悪い時、誰が気にかけてくれた? お前ら気付かず、奢れ奢れと集って来ただろうが。  百花屋に行った時、誰が自分の分の金を払った? 全部俺持ちだろうがよ。  俺が落ち込んでる時、誰が慰めてくれた? 更に落ち込ませてくれたんじゃねーか!」  いつの間にか、そこ等中に人が集まって来ていた。  クラス内には遠巻きに見ている生徒がいるし、廊下にも大勢いる。  上の階や下の階の生徒は、窓際に集まっている。  それだけ、祐一の言葉は爆弾を落としたのだ。  ただでさえ、相沢祐一という名は学校中に知れ渡っている。  水瀬名雪と一つ屋根の下に住み、川澄舞を庇護し、奇跡の少女月宮あゆの親友。  そんな人間が、この学校という閉鎖された空間で有名にならない筈がない。 「………お前らさ……」  それまで沈黙を護っていた潤が声を出した。  この教室の中で、祐一の心を最も理解して、この状況に唯一口を出せる人間。  それが、相沢祐一がこの地で得た、唯一の親友───北川潤。 「相沢のお蔭で今の自分達があるって思う気持ちは、分からないでもない。だけど、やりすぎだ。  誰も気付かなかったのか? オレは元より、クラスの奴らもみんな、お前らが此処に来る度に軽蔑するような目で見てた事。  なんでお前らの為に死に物狂いで走り回った相沢が、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ。  相沢から時間を、金を、幸せを奪って、自分達だけ幸せになろうってのか?  バカヤロウ共が付け上がんじゃねェッ!!!!」  唐突に響いた潤の怒声に、少女達の体がビクリと跳ねる。  潤とて、ここ数年、怒りに任せて此処までの大声を出した事など一度も無い。  しかし、やはり我慢の限界だった。  ボロボロの身体と精神だというのに、それでも自分の所為だからと己を責め、彼女達に尽くしてきた親友がいる。  それなのに、少女達は何も知らず、知ろうともせず、親友を食い物にしていた。  許せるか? そんな暴挙が。────答えは決まっている。許せるわけがないのだ。  それでも何も言わなかったのは、偏に親友が何も言わなかったからに過ぎない。  だから、親友が漸く決別を口にした今、この怒りも、漸く口に出来た。 「オレは、お前らを許さない。お前らが親友だったとか、年下だとか、先輩だとか、親が権力持ってるとか、そんな事は関係ない。  オレは絶対に、お前らを許さない。ここまで相沢を苦しめておきながらそれを知ろうともしないお前らを許すなんて、絶対にしない。………絶対に」  潤から紡がれるのもまた、決別の言葉。  呆然とする少女達を尻目に、潤は祐一に目を向けた。 「相沢…」  潤に呼びかけられて、祐一は首を巡らせる。 「オレはお前に、此処にいて欲しいとは言えない。オレも、結局美坂達を止められなかったからな。  ……だから、お前さえいいって言ってくれるなら、今度は此処とは別の場所で、また会おうぜ……祐一」 「……そうだな…なんなら、遊びに来ても良いんだぜ? 潤…。長期休みにでもよ」 「ああ……考えとく」  静かに、唯一の親友であり、唯一の相棒であり、仲間だった潤との別れが交わされる。  少女達とは全く違う光景だった。 「何で………また、捨てるの?」 「お前みたいな稚拙な狐、助けるんじゃなかった……」  真琴は大粒の涙を零した。 「そんな言葉…人として不出来です!」 「は。よく言うぜ。閉じ篭りの冷徹婆が」  美汐は零さずとも、涙を浮かばせた。 「ボクとの約束はどうなるんだよ!」 「約束? お前の最後の願いは、お前を忘れる事だろう?」  あゆは言葉を詰まらせ、声を押し殺して泣き始めた。 「何故なんですか……なんで勝手に決めちゃうんですかっ?」 「俺の事は俺が決める。お前みたいな留年女に俺の将来決められて堪るか」  栞は周りを憚らず、大きな声で泣き喚く。 「責任も取らずに出て行くなんて、最低よ…!」 「けっ。手前こそ、責任から逃げた人間の代表者だろ? 俺には、香里なんて知り合い、居なくてね」  香里は目を細め、祐一を睨んだ。 「やっぱり祐一は、離れていくの…」 「離れて行きたくもなるさ。この…バケモノ」  舞はこの十年で初めて、頬に涙を伝わらせた。 「舞の幸せを奪うんですか、祐一さんは…」 「ふん。舞の幸せの為なら誰がどうなってもいい、か。流石だね、弟殺しのお姉さん」  佐祐理は無表情になり、そのまま祐一を睨んだ。 「あの……あの目覚ましはどうするつもりだよっ!」 「あ? ああ、あれか? あれは今朝、完全に消させて貰ったよ。代わりにお前の寝言を入れといてやったからな。  今の俺なら、俺の意思で、俺の手で、俺の足で、完膚なまでに、お前の目の前で、お前の雪ウサギを壊してみせてやるぜ?」  名雪は大きな雫を瞳から零し、その場に泣き崩れた。  祐一は、そんな彼女達を冷ややかに見詰める。 「じゃあな。秋子さんの捺印貰って届け出したら、俺は今日にでも故郷へ帰る。  今此処に居るみんなさ、石橋から知らせられるだろうが、俺の事を聞く奴が居たら、答えてやってくれよな」  祐一は言って、教室を出て行った。  後には、泣き続ける八人の少女と、それを冷たく見詰める潤、その他大勢の生徒達が残された…。  そして、捺印を貰う為には、秋子に事情を説明するしかない。  言いたくなかった事を、秋子に伝えなくてはならないのだ。  自分の事のように言うのが辛くて、祐一は、まるで他人事のように秋子に語った。  名雪の寝起きの悪さ。イチゴサンデー、夕食での脅し。  あゆ、真琴の便乗、香里の脅し、栞の便乗。  美汐の態度、舞の便乗、佐祐理の言い分。  話し始めてしまえば、どこかを隠して話すなどと云う事は不可能だった。  話を聴き終えて、秋子は「ごめんなさい」と何度も謝って、書類に捺印を押した。  そして、奥から万札の入った封筒を出して来た。  祐一は「秋子さんの所為じゃないから」と拒んだが、秋子は納得しなかった。  結局押し切られるように、秋子から捺印の押された書類と、何十万かの金を受け取った。 「本当に、ごめんなさい…祐一さん」 「いえ……本当に、秋子さんの所為じゃないですから…」  秋子とそうやって言葉を交わしながら、祐一は、ある事を伝えようと決意した。  息を小さく吐き、秋子を見据える。 「……俺にとって秋子さんは、掛け替えのない叔母であり、母でもあります」 「え…?」 「俺の少しの体調の変化にも気付いて、心配してくれたじゃないですか。正に秋子さんは、もう一人の母親と言っても……過言ではありません」  その言葉に、秋子は涙した。  歓喜に満ちた涙。名雪達の涙とは正反対のそれだった。  祐一は、秋子が落ち着くまで、優しく抱擁してやった…。 「相沢君」  まだ出発まで時間のある電車の改札で、祐一は後ろを振り返った。  其処には生徒会長の久瀬の姿。 「久瀬………何の用だよ」  二人の間柄は、決して良くはない。やはり、舞と佐祐理に関する事でである。  彼女達と決別したとはいえ、それを切っ掛けに仲が改善するというわけではない。 「放課後、僕の所にも君達の遣り取りが聞こえて来てね。そろそろかと思って、会いに来たんだ」 「何でだよ。俺に話す事はないぞ?」  久瀬は祐一の台詞に、ふっと微笑んだ。  いつもの、生徒会長久瀬の嫌味な笑みでなく、一男性の自然な微笑。  祐一は思わず、呆気に取られてしまった。 「初めは、はっきり言って君は邪魔であり、嫌いだったんだ」 「………初め?」 「ああ。不良…と僕らが思い込んでいた川澄さんを庇う存在だったからね。君も不良の仲間かと思った」  その告白に、祐一は鼻で笑った。  それは嘲りではなく、成る程、と納得する笑い。 「だが、違った。あれ以来、僕は君を見てきた。…ああ、変な意味じゃないから、安心したまえ。  そしてあろう事か、気に入り始めてしまったんだ。一時は憎み合うべく敵同士たっだのにも拘らずね」 「へぇ?」 「それに、君が度々起こす騒ぎも、嫌いではなかった。寧ろ、面白かったよ。君が巻き起こす、常識の通じない行動は」 「そう言えば、卒業式も入学式も、生徒会が止めに来たけど、お前は居なかったな」 「ああ。ああいうのも悪くないな、と思ったんだ。楽しければ、それで良いってね」  祐一は、初めて久瀬に好感を持った。  一時は確かに憎み合った。  だが、今思えば、自分が久瀬の立場で、久瀬のように舞達と知り合えば、同じ行動を起こしただろう、と考える。 「だから、今は……君が居なくなる事が、とても悲しいんだ、相沢君…」 「……そうだな。折角、こうして笑みを向け合えるようになったのにな…」 「ふ…あの時は考えられなかった言葉だが、さよならは敢えて言わずにおこう。…またな、相沢君」 「ああ……またな、久瀬」  そこへ丁度、電車が到着する。  祐一は久瀬に背を向けて、思い出したように振り返った。 「潤にも言ったけどさ、遊びにでも来いよ、長期休暇に。潤と一緒によ」 「…ああ。考えておくよ」  潤と同じ答えに祐一は笑顔を見せ、背を向けて歩き出す。  背を向けたまま手を振って来る祐一を、久瀬は微笑を持って見送った。  いつか再び、会える事を確信して…。 ────End...

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